健作課長に昇進したんですね。健作係長から。(笑)
>>のた打ち回る痛みも辛いですが、ずーと持続する痛みも辛い。
白い巨塔 20'00''
http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=codeno001&skey=逋ス縺・キィ蝪� 21&prgid=38978073
白い巨塔のビデオはYouTubeからすぐ削除されてしまいますね。(ビデオ、長くてすいません。)
この放送当時のことをまた思い出しました。
私、MRIで2003年9月頚椎ヘルニアと診断されました。
白い巨塔の放送はその年の冬からだったはず。
ヘルニアは普通、3ヶ月でよくなると言われてる。
このシーンは年が明けてのシーンです。
全く、左腕の痛みはなおらず、でも、手術だけは絶対いやだと思ってました。
それは、このすぐ近くに脊髄がある場所の手術。そして、このドラマのバイアスがかかったせい。そんな、手術への恐怖がありました。まして、脊椎が3箇所で固定されてしまう。頚のヘルニア手術は、椎間板を全部とって、代わりにお尻の骨を挿入する手術なんですよ。
でも、この生き地獄から逃れるのは手術しかないのかと、何度も自問しました。
癌患者はヘルニア患者なんかより、比べ物にならないくらいの苦しみなのに、自分は贅沢を言ってるか。
でも、財前は、3か月でこの場を去る。される?
でも、それがいいことなのか、やっぱり不幸なことなのか?
やはり自分はもう、ダメか?
ボルタレンをX錠一揆のみしても変わらない痛み。
会社の個室の話は前にもしたと思うけど。。。
会社でも、周りから、あんまり、自分の様子がひどいのが顔にでるらしく、上司からは「医者を変えろ」とか言われ、痛みに耐えられなくなれば、職場の洋式の個室の「床」に転げてるのが常習でした。目線を上に向けると弯曲した物体。
最初は、会社を休んで病院、行きましたけど、「じゃ、手術します?しない?じゃ、リハビリ!」で結局休んでも痛みは変わらないのと有給がもったいないので、会社行く事にしました。
それでも、仕事中は気が張っていて、家に帰るともっと最悪になる。
それが、この財前のシーンと全く同じなのです。
部屋の灯りはつけず
自分の左腕をみて
苦痛の左腕を右手でかばい。
部屋の床にエビのように、転げる。
ベットの上じゃないのですね、なぜか床。これもこのシーンと同じ。
そして、このシーンと同じように「嗚呼」と叫ぶ。これより大きな声でした。
そして、自問するのです。自分のことは自分で決めるしかない。結局。
私が発する「死」という言葉と、医療に携わってる人が発する「死」と言う言葉じゃ、私は「死」を全く分かってないのと同じです。
私が、2番目の病院に行こうとを「決心」したのは、一向によくならないので薬がまた、変わった時でした。ミオナールでした。これも、また効かない。それどころか、くらくらになる。でも、治すためには副作用も我慢して今は飲まなければと思ったのですが。
駅前を歩いてて、なんだか地面が波打ってる状態で、そこで、座りこみました。勿論痛いし。
そんな時に、発作的に決心した。
「MRIのある大きな病院に行こう、手術はしたくないが、じゃ一体何の解決になる?」2005年の6月でした。
医療のお世話になって、医療がどう言うものか、分かりました。
ドラマ一般は、現実をモチーフにし、視聴者には抽象化され分かり易いので、素人は理解しやすいです。
整形外科部長に診てもらいました。
MRIも整形外科医の診断もヘルニアなんて何処にあるの?でした。
この苦しみを通じて傍観者として、医療をかいまみれました。
現場の人間じゃないので、あくまで傍観者でしかないですが。
今、この当時の痛みでは無くなりました。この当時は毎日がこんな状態でした。でも、いつか保存的治療で治ると信じました。
すこし、クスリと注射のおかげで楽になってきました。(多めに飲んでます)みなさん、有難うございます。